ギガビットの高速通信回路で、PoC(電源重畳)に対応した基板を作りたい。
- そもそも、「PoC」ってなに?
- 回路設計・基板パターン設計するときのチェックリストがほしい。
- 「PoC」で使う部品選びや基板パターン設計で、特に気をつけることは?
- ギガビットの高速通信。「インピーダンスマッチング」って必要?
こんな疑問にお答えします。
この記事の内容
- PoCの特長や回路構成【おさらい】
- PoCの回路設計・基板パターン設計のチェックリスト
- 失敗しないインダクタの選び方【回路設計】
- 失敗しないパターンの引き回し方【基板パターン設計】
- インピーダンスマッチング【安定動作にめちゃくちゃ大事】
この記事を書いているわたしは、デジタル回路設計歴20年です。これまでの経験と知識を活かし、現在はマネージャーとして商品企画や開発チームのサポートを行っています。
PoCは、同軸ケーブル1本で映像機器などへ電源供給と通信ができる伝送方式のことです。
回路的には、信号ラインに直流電源を重畳するための「インダクタ」と、交流信号を取り出すための「コンデンサ」の2つの部品を使います。
コンデンサとインダクタの以下の性質を利用してPoCを実現しています。
使う部品は2個でめちゃシンプルな回路ですが、この電源重畳回路に『Gbpsオーダーの高速信号を通したい。』、となると基板パターン設計の難易度が急にあがります。
プリント基板配線の高周波での振る舞いをしっかり理解しておかないと、実機評価で『期待した特性がでない・・・。』ってことに。
回路設計での部品選びに加え、基板パターン設計でも念には念を入れた設計が必要になります。(注意しすぎでちょうどいいかも。)
この記事では、PoCの回路をきちんと動かすためのポイントを、「回路設計・基板パターン設計チェックリスト」にまとめました。
CoaXPressやGMSL(アナログ・デバイセズ社 ※旧マキシム社)など、ギガビットの回路設計をするときに最低限おさえておきたい内容です。わかりやすく説明していますのでぜひお読みください。
「重畳」は、「ちょうじょう」と読みます。
PoCは、「Power over Coax」の略です。
もくじ
PoC(Power over Coax)とは?
PoCは信号伝送と電源供給を、ケーブル一本で行う
PoCは、「Power over Coax」の略で、同軸ケーブル1本で映像機器などへ電源供給と通信ができる伝送方式です。
以下の特徴があります。
- ケーブルが1本なので、省スペースで配線でき、ケーブルを取り回しやすい。
- 電源の確保が難しい場所でもケーブル経由で電源供給ができるので、かんたんに機器を設置できる。
たとえば、屋外に設置された防犯カメラや、車載カメラなどです。
防犯カメラは、同軸ケーブルを通して、映像データをホストシステムへ送ります。
一方、ホストシステムは同じ同軸ケーブルをとおして、カメラへ電源を供給します。カメラはケーブルから電源を取り出して動作することができます。
PoCは、直訳すると、「同軸ケーブル上に電源をのっける。」という意味になります。
PoCで使う部品は『L』と『C』だけ
PoCを実現する回路は、シンプルです。信号ラインに、「コンデンサ」と「インダクタ」を追加するだけです。
「コンデンサ」は交流信号(例:映像信号)を取り出すために使用し、「インダクタ」は直流電源を取り出すために使います。
コンデンサとインダクタには、以下の性質があります。
このように、PoC回路は各部品の性質を利用して実現されています。
PoC回路設計チェックリスト【ギガビット高速信号向け】
以下、これまでの経験をもとにまとめた「チェックシート」です。「回路設計の現場ですぐ使える」ことを目的にしています。
①【回路図】チェックリスト
部品選定
接続構成
②【基板パターン図】チェックリスト
部品配置
配線パターン
配線パターン(配線後)
SerDesの仕組みについて知りたい方は、下記リンクをご覧ください。
>>高速シリアルインターフェース「SerDes」とは? ~回路構成・高速化技術・イコライザなど~
【回路設計】失敗しない「インダクタ」の選び方
PoCの回路設計で特に重要なのが、直流電源を取り出すための「インダクタ」選びです!
インダクタ選びのポイント
「インダクタ」の選び方のポイントは、通す信号の周波数範囲で、高インピーダンスのインダクタを選ぶことです。
理由は、高速信号ラインから、電源回路の部分を電気的に切り離すためです。
もう少し補足します。
基板のパターンとしては、信号パターンと電源パターンはつながっているけど、電源回路側に「インダクタ」を入れることで、インピーダンスが高くなります。
このため、同軸ケーブルから見ると、高周波的には電源回路側があたかもつながってないように見える、つまり、信号パターンだけがつながっているように見える、という意味です。
使用するインダクタの数
信号の周波数範囲は、ICの仕様によりますが、一般的には数MHzの低域から数GHzの高域まで幅が広いです。
このような広い周波数範囲での高インピーダンスの確保は、複数のインダクタを直列でつなぐことで実現しています。
もしビーズのインピーダンスが低すぎたり、ビーズへの引き出し配線が長いと、信号ラインから電源ラインを見たときに電源ラインが「スタブ(stub)」になります。
その結果、インピーダンス不連続で高速信号の反射が大きくなって、波形が乱れて通信不具合が起きることがあります。
使用するインダクタの型番
インダクタの具体的な型番は、SerDes ICのデータシートに記載されている推奨型番を使うのが無難です。
ICメーカーによっては、「インダクタ」ではなく、「フェライトビーズ」を推奨している場合もあります。
同じ型番の部品が入手できない場合は?(生産中止などで)
インピーダンス特性が同じインダクタを選びましょう。合わせて、プリント基板のシミュレーションをして特性が出ているかを、部品の発注前に確認しておきましょう。
【基板パターン設計】失敗しないパターンの引き回し方
ここでは、PoCの基板パターン設計で絶対やってはいけない「スタブ配線」について解説します。
「スタブ」厳禁!
スタブ(stub)の日本語訳は、「木の切り株」「使い残り」「端くれ」です。
基板パターン設計では、本線のパターンから枝分かれした部分を「スタブ」と呼んでいます。
スタブは、以下のとおり2種類あります。
上記のように、「スタブ」は見た目上、パターンが切れた形をしています。
アナログ信号の高周波回路では、基板のパターンを”ひとつの部品”とみなして、意図的に「インピーダンスマッチング回路」や「フィルタ回路」として使うことがあります。
一方、ギガビットを超えるような高速デジタル信号の回路では、「スタブ」を使ったパターン配線することはまずありません。
というのも、基板パターン上に「スタブ」があると、「スタブ」が特性インピーダンスの変化点になって信号が反射し、信号波形が乱れるといった問題が起きるからです。
波形が乱れると誤動作の要因になります。
【悪い例:スタブがあるパターン】 vs【良い例:スタブがないパターン】
配線パターン上に「スタブ」がある場合、低い周波数の信号には波形への影響はありませんが、ギガビットのような高い周波数の信号に対しては、スタブの部分が特性インピーダンスの変化点になり、信号が反射します。
結果、波形が乱れ、通信トラブルが起きることがあります。
【悪い例】スタブがあるパターン
【良い例】スタブがないパターン
電源重畳(PoC:Power over Coax)のインダクタと、高速信号ラインを結線する場所が「スタブ」になっていると、PoC回路の「リターンロス特性」が悪くなる場合があります。
結果、SerDes ICが要求するリターンロス規格の判定基準値を満たせないってことになります。
PoC回路の部品配置は、上記の「良い例」のように「スタブ」にならないように注意しましょう。
PoC回路の基板パターン設計では、スタブ厳禁です。
高速デジタル回路の安定動作に必須!「インピーダンスマッチング」
『インピーダンスマッチング』は、PoC回路でなくても、高速信号が通る回路では絶対におさえるべき超重要事項です。
インピーダンスをそろえる
『インピーダンスマッチング』とは、以下3つのインピーダンスをそろえること、です。「インピーダンス整合」とも言います。
もし、上記3つのインピーダンスがそろってないと、どうなるでしょうか?
ギガビットを超える高速デジタル信号の回路で、インピーダンスの不ぞろいがあると、波形に大きなオーバーシュートやリンギングが発生して、ICの定格電圧を超えてしまったり、スレッショルド電圧を満たせなかったりします。
結果、メモリアクセスエラーや通信エラーが起きてシステムが誤動作することにつながります。
ギガビットを超える高速デジタル信号回路での、インピーダンスの不ぞろいは、システムの誤動作につながる大きな設計ミスです。
もし実機の誤動作要因が、このインピーダンスの不ぞろいだった場合、原因調査にほんと苦労します。
回路設計者の想定外すぎる要因で、原因特定まで相当な時間がかかります。(この記事を書いた人の実体験です)
ギガビットを超えるような、高速デジタル信号の基板設計では、必ず「インピーダンスマッチング」を取るようにしましょう。
特性インピーダンスは、何Ωがいい?
パターンの特性インピーダンスは、何Ωで配線すればいいの?
一般的には、使うICのデータシートに書かれた値にします。
たとえば、ICのデータシートに、「このICの入力インピーダンスは、50Ωです。」と書かれている場合、配線パターンの特性インピーダンスも同じ「50Ω」で配線します。
同じ値にすることで、「インピーダンスマッチング」が取れて、信号の反射が小さくなるので、ひずみの少ないキレイな波形になります。
パターンの特性インピーダンスの値は、どんな条件で決まるの?
パターン幅・パターンとGND層とのキョリ・絶縁層の「比誘電率er」で決まります。
基板メーカーへ「特性インピーダンス50Ωでお願いします。」と伝えると、「50Ωの配線は、パターン幅0.1mm、基準GNDは2層目」といった情報が書かれた資料が送られてきます。
この資料を、「層構成表」と言います。基板パターン設計者は、この資料のパターン幅で配線を進めていきます。
特性インピーダンスを計算できる「KiCad」
自分でインピーダンスを計算したい。どうすればいいの?
「KiCad」(無料)という基板パターン設計ソフトが便利です。↓以下が画面イメージです。
このソフトを使うと、たとえば、「50Ωのパターン幅はいくらか?」とか、逆に、「このパターン幅のときに、インピーダンスはいくらか?」など、おおよその値をかんたんに計算することができます。
特性インピーダンスを計算できる「KiCad」(無料)の画面です↓ ↓
KiCadの計算結果と基板メーカーの計算結果には、多少の差がでます。
理由は、基板メーカーでは、製造時の補正値も入れてインピーダンスを計算しているからです。なので理論計算の結果とは完全に同じにはなりません。
KiCadの計算結果はあくまで仮の値を確認するために使って、正式な値は、基板メーカーから「層構成表」を入手して確認しましょう。
インピーダンスマッチングについて、確認ポイントをおさらいします。
回路設計をスタートしたら、かならず下記を確認しておきましょう。
また、基板メーカーからの試作基板納品時は、かならず下記の測定結果を入手しましょう。
まとめ:【PoC】ギガビットの高速通信でもきちんと動かす!
この記事では、ギガビットの高速信号で電源重畳回路(PoC)をきちんと動かすためのチェックリストを紹介しました。
>> PoC回路設計チェックリスト【ギガビット高速信号向け】
PoC回路設計の超重要ポイントは、「ビーズ選び」と「パターンの引き回し方」です。
電源ラインにビーズを挿入することで電源ラインを高速信号ラインから高周波的に分離します。このビーズの選定と基板パターン設計のやり方で、リターンロス特性が良くなったり、悪くなったりします。
また、ギガビットの高速信号を扱うには、回路設計での部品選びに加え、基板パターン設計も細かいところに注意した念入りな設計が必要です。
本記事のチェックリストがお役に立てば幸いです。
以下リンクでは、「ギガビットの高速信号の回路設計についてもっと知りたい」という方におすすめの本を紹介しています。以下もぜひ読んでみてください。
>>【高速デジタル信号】回路設計・基板パターン設計の第一歩!初心者にピッタリの本3冊
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【高速デジタル信号】回路設計・基板パターン設計の第一歩!初心者にピッタリの本3冊
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