ギガビットの高速通信の回路設計をしてたら、「プリント基板のシミュレーションをした方がいいよ。」ってアドバイスされた。
- 「プリント基板のシミュレーション」って何ができるの?
- シミュレーションするメリット・デメリットは?
- どこに、どうやって頼めばいいか知りたい。
こんな疑問にお答えします。
この記事の内容
- シミュレーションで、できること(代表例4つ)
- シミュレーションをするメリット・デメリット
- 基板パターン設計会社へのシミュレーションの頼み方
- シミュレーションでよく出る用語
この記事を書いているわたしは、デジタル回路設計歴20年です。これまでの経験と知識を活かし、現在はマネージャーとして商品企画や開発チームのサポートを行っています。
「プリント基板のシミュレーション」って聞いたことはありますか?
ハードウェア設計で「シミュレーション」と言えば、LTSpiceを使った電子回路シミュレーションや、ModelSimでの論理回路シミュレーションが思い浮かぶのではないでしょうか?
この記事では、回路設計エンジニアの方向けに「プリント基板のシミュレーション」について紹介しています。わかりやすく説明していますのでぜひお読みください。
もくじ
プリント基板のシミュレーションで、できること
プリント基板のシミュレーション(代表例4つ)
以下に、プリント基板のシミュレーションの代表例を紹介します。ざっくりわけると以下の4種類。
項目 | 説明 |
---|---|
① SI解析(Signal Integrity) | 高速信号を検証する「シグナル・インテグリティ」(波形の品質) |
② PI解析(Power Integrity) | 電源を検証する「パワー・インテグリティ」(電源の品質) |
③ EMI解析(Electro Magnetic Interference) | 基板から出るノイズを検証する「イーエムアイ」(電磁妨害) |
④ 熱解析(Thermal Analysis) | 基板や部品の発熱を検証する「熱解析」。これは日本語のままですね。 |
「SI解析」など言葉は聞いたことがあるかもしれませんね。それでは、内容を見ていきましょう。
① SI解析(波形がキレイかを検証する)
SI解析とは?
SIは、「Signal Integrity」の略で、日本語に訳すと「信号波形の品質」という意味です。
かんたんに言うと、「波形にオーバーシュートやリンギングなどを出さないようにして、波形が部品の定格内やスレッショルド電圧を満たしているかを検証すること」です。
SI解析の例
SI解析の例は、次のとおり。
- 「ロジックICの信号波形が、ひずんでいないか? 入力側ICのスレッショルド電圧(Vth)を満たしているか?」を検証する。
- 「USB・PCIe信号のアイパターンが、マスク規格を満たしているか?」を検証する。
- 「DDRのアドレスバス・データバス信号が、JEDECの規格を満たしているか?」を検証する。
高速化が要求されるこれからのハードウェア開発では、プリント基板のSI解析は必須のプロセスと言えます。
どの信号をSI解析するか?
SI解析をする信号は、特に、
- 動作周波数の速い信号(クロックやデータバスなど)
- 複数デバイスに、配線パターンが枝分かれした信号
に対して行います。
周波数が速かったり、配線パターンが分岐していると、信号が反射して波形が大きく崩れてしまうことがあります。
波形が崩れてるときの対処法
もし波形が崩れている場合、どうするか?
たとえば、ダンピング抵抗の追加や、配線の長さが最短になるように部品配置を見直して改善します。
SI解析で波形をチェックしておくと、きちんと動作する基板を作れます。
② PI解析(電源が安定しているかを検証する)
PI解析とは?
PIは、「Power Integrity」の略で、日本語に訳すと「電源の品質」という意味です。
かんたんに言うと、「負荷電流が変化しても電源ラインが大きく揺れたりせずに、負荷デバイスへ電源を安定供給できるかを検証すること」です。
PI解析の例
PI解析の例は、次のとおり。
- 「電源リップル変動が、SoCの許容電圧変動幅(例:1.0V±3%)に収まっているか?」を検証する。
- 「FPGAのコア電源が、ターゲットインピーダンス(Ztarget)を満たしているか?」を検証する。
Intel社FPGAでは、Ztargetの値を自分で計算できるエクセルファイル「PDNツール」が公開されています。
Xilinx社FPGAでは、PDNツールを見たことはないですね。
>> Intel社FPGA公式サイト「デバイス固有の電源供給ネットワーク (PDN) ツール2.0 ユーザーガイド」
どの電源をPI解析するか?
PI解析をする電源は、特に、
- 1.0Vなどの低い電圧で、かつ、大きな電流が流れる電源ライン
に対して行います。
低電圧で動作するICは、許容できる電圧変動幅が非常に狭いです。
低電圧動作のICは、動作したときに電源ラインが変動してICの許容電圧幅を超えてしまう場合があります。
電圧変動が大きいときの対処法
もし電圧変動が大きい場合、どうするか?
たとえば、電源ICとFPGA間の電源ラインが最短となるように部品配置の見直しや、電源ラインのパスコンの定数・個数・配置位置を再度検討し、改善します。
PI解析で電源ラインの安定度を事前にチェックしておくと、きちんと動作する基板を作れます。
安定した電源ラインにするには、パスコンが大事。
電源ライン安定化のポイントの一つは、「パスコン(バイパスコンデンサ)の最適化」です。
>> パスコン(バイパスコンデンサ)の容量は、0.1uFで大丈夫?【反共振】に注意!
③ EMI解析(基板からノイズがどのくらい出ているかを検証する)
EMI解析とは?
EMIは、「Electro Magnetic Interference」の略で、日本語に訳すと、「電磁妨害」という意味です。
かんたんに言うと、「基板から出ているノイズが基準値内に収まっているかを検証すること」です。
ノイズの種類は2つ
ノイズは大きく以下の2種類に分けられます。
- 伝導ノイズ・・・ケーブルや基板パターンを経由して伝わるノイズ
- 放射ノイズ・・・基板から空中へ出ていくノイズ
EMI解析の例
EMI解析の例は、次のとおり。
- 「VCCIクラスB(電子機器向けのノイズ国内規格)の基準値内に、放射ノイズが収まっているか?」を検証する。
- 「CISPR25(車載機器向けのノイズ国際規格)の基準値内に、伝導ノイズが収まっているか?」を検証する。
- 「電源ベタとGNDベタ層のプレーン共振にピークがないか?」を検証する。
プリント基板のシミュレーションソフト『HyperLynx』の紹介動画です(5分程度)↓ ↓
SI・PI・熱解析がわかりやすく説明されています。
引用元:マクニカ社YouTube動画
消音(ミュート)で再生します。音声出力する場合は、動画左下のスピーカーアイコンで、ミュート解除してください。
④ 熱解析(基板や部品の温度上昇を検証する)
熱解析とは?
熱解析は、かんたんに言うと、「プリント基板の温度上昇をシミュレーションし、部品のジャンクション温度Tjを満たしているかを検証すること」です。
温度が高いときの対処法
もし基板上で発熱温度が高い場所がある場合、どうするか?
たとえば、発熱部品のとなりに、熱に弱い電解コンデンサや水晶振動子がある場合は、発熱部品を遠ざけるように部品配置の見直しや、ヒートシンクや放熱ファンの追加を検討します。
プリント基板のシミュレーションをする「メリット」・「デメリット」
シミュレーションする「メリット」
シミュレーションするメリットは、以下のとおり。
- コスト削減ができる
シミュレーションを行うことにより、実際の基板を作くる前に、部品配置やパターン配線の問題を見つけて、修正できる。
このため、再試作などのコストを削減することができる。 - 評価期間を短縮できる
シミュレーションを活用することで、実機でパターンを切った貼ったのトライアンドエラーが減るので、実機評価期間を短縮できる。
つまり、回路設計~実機評価のトータル期間の短縮できる。 - 設計品質を向上できる
シミュレーションでは条件をいろいろ変えながら、基板の挙動を確認できる。
このため、ベストな特性が得られるよう、部品配置やパターンの引き回しを最適化することができる。
シミュレーションする「デメリット」
一方、シミュレーションするデメリットは以下のとおり。
- シミュレータソフトの習得に時間がかかる
シミュレーターにはたくさんの設定項目があり、また、高周波回路の知識を前提としてパラメータを設定するため、専門知識が必要になる。
回路設計エンジニアが、回路設計とシミュレーションをかけもちするのは作業時間の確保がかなりむつかしいので、専任者を立てるのが現実的。 - シミュレーション時間が長い場合がある
大規模な回路のだと、すぐに結果が出ないのでシミュレーション完了するまでの待ち時間が必要。
「電磁界ソフト」は、特に時間がかかる場合がある。(例)会社を出る前に実行して、翌朝に結果を確認する場合がある。
回路規模によってどの程度の解析時間がかかるかを想定し、シミュレーション期間を基板設計スケジュールに盛り込んでおくこと。 - シミュレータソフトの費用が高い
プリント基板のシミュレータソフトは、高価なものが多いため、初期費用や年間ライセンス料など、かなりの費用が発生する。
費用対効果をきちんと数字で評価して、自社で導入した方がいいか、それとも、基板設計会社へ依頼するか、判断する必要がある。
シミュレーションをすると、回路設計がラクになる!
上記のとおり、プリント基板のシミュレーションには、メリット・デメリットがあります。
もし、シミュレータソフトを自社で導入しようとすると、特に気になるのは、「いくらかかるの?」ではないでしょうか?
「シミュレータは便利だけど、費用が高いと、ちょっと。。。」って思いますよね。
シミュレーションをする目的
ところで、シミュレーションをする「目的」ってなんでしょうか?
それは、「今の回路設計の仕事をもっとラクにするため」です。
さらにいうと、シミュレーションを活用することで時間が空いた分、やりたかった別の仕事にもっと時間を投下できるようになります。結果、その仕事の精度を今よりも上げることができます。
ちょっとオーバーかもしれませんが、今よりも評価されて、「できるエンジニア」になれるってことです。
シミュレーションをするメリット
シミュレーションは、基板を作る前に回路の動作検証する手段として広く採用されています。
事前にシミュレーションで基板の動作や特性をチェックすることで、
きちんと動く基板を作れる ⇒ 基板の試作回数が減る ⇒ 試作費用が減って、かつ、開発期間も短くなる、というメリットがあります。
このように、基板設計に「シミュレーション」を取り入れると、きちんと動く基板を作れるので、実際の基板でのトラブルやデバッグが減って評価がラクになります。
シミュレータソフトの導入がむつかしいときは?
もし費用などの制約で、自社でシミュレータの導入がむつかしい場合は、どうするか?
基板設計会社へ、基板パターン設計とシミュレーションを一緒に頼むのがやり方のひとつです。
以下では、「基板設計会社へのシミュレーションの頼み方」を説明しています。
シミュレーションに興味がある方は、ぜひ続けて読んでみてください。
『プリント基板のシミュレーション』の頼み方。まずは、基板設計会社へ
ここでは、シミュレーションを外部に依頼するやり方について説明しています。
基板設計会社への問い合わせ方
まずは、取引先の「基板パターン設計会社」に、「プリント基板のシミュレーションができるか?」、聞いてみましょう。
以下は、基板設計会社への問い合わせ内容の例です。
- どんなシミュレーションができますか?(例:電源回路・高速通信回路・ノイズ)
- シミュレーションを依頼するにはどんな情報や資料が必要ですか?(例:回路図・部品表・基板データ・層構成表・IBISモデル)
- シミュレーション費用や期間はどのくらいですか?
- 基板のノイズが多くて困ってます。シミュレーションで原因・対策できますか?
シミュレーションができる基板設計会社の探し方
もし、基板パターン設計会社がシミュレーターを持ってない場合は、下記の方法でシミュレーションができる会社を探してみましょう。
- 取引している「基板パターン設計会社」から紹介してもらう。
- 部品調達先の「商社」などに相談して紹介してもらう。
- 自分でネット検索して、対応できる会社へ直接連絡する。
【参考】シミュレーションができる基板設計会社(5社)
以下の表は、プリント基板のシミュレーションができる基板パターン設計会社です。ググって調べた結果です。(順番に意味はありません)
会社名 | リンク | 本社 | 設立年 |
---|---|---|---|
アポロ技研(株) | http://www.apollo-g.co.jp/ | 神奈川 | 1978年 |
(株)オンテック | https://www.ontec.co.jp/ | 大阪 | 1976年 |
RITAエレクトロニクス(株) ※元はアイカ工業 | https://www.ritael.co.jp/ | 愛知 | 2015年 |
(株)エムディーシステムズ(MDS) | https://mdsystems.co.jp/ | 神奈川 | 1988年 |
アルティメイトテクノロジィズ(株)(UTI) | https://www.uti2k.com/ | 長野 | 2000年 |
実際にどんなシミュレーションができるかなど、くわしい内容は各会社へ直接お問い合わせください。
以下リンクでは、プリント基板の「シミュレーション用ソフト」を紹介しています。
「プリント基板のシミュレーションって、どんなソフトを使ってるのかな?」って疑問に思った方には参考になると思います。ぜひ読んでみてください。
>> 【無料あり】プリント基板のシミュレーションソフトを徹底調査(SI・PI・熱解析)
プリント基板のシミュレーションは、リアルな波形を確認できる
一般的な「電子回路シミュレーション」との違い
一般的な「電子回路シミュレーション」は、配線パターンを含めずにICなどの部品だけでシミュレーションするので、ノイズの少ないキレイな波形が表示されます。
オシロスコープで測定した実際のノイズがのった波形と比べるとかなり違いがあります。
一方、「プリント基板の回路シミュレーション」は、実測波形に近い波形を再現できます。
なぜなら、部品(IC・抵抗・コンデンサなど)の情報に加えて、基板の配線パターンの情報も含めてシミュレーションをするからです。
どちらがすぐれているか、と言うよりは、回路の動作周波数や、何を検証したいか? シミュレーションの目的によってやり方を使い分けると費用対効果が上がります。
配線パターンの特性を取り出す「電磁界解析ソフト」
配線パターンを抵抗R・インダクタンスL・コンデンサCの部品で表すと以下のようなイメージです。
「分布定数回路」と呼ばれる図ですね。
実は、プリント基板のパターンには、値はごく小さくても、抵抗値や、インダクタンス値、容量値があります。プリント基板設計の世界では、このパターンの特性を「寄生成分」と言います。
この寄生成分の具体的な値を計算するソフトが、「電磁界解析ソフト」です。
ギガビットの高速通信回路では、配線パターンに含まれる「寄生成分」が無視できません。
高速化が要求されるこれからのハードウェア開発では、パターンの特性も含めた「プリント基板のシミュレーション」は必須のプロセスと言えます。
プリント基板のシミュレーションでよく出る用語
「プリント基板のシミュレーション」の話題のときに基板設計現場でよく使う用語です。
以下の用語は覚えておくことをおススメします。
回路設計・基板設計エンジニア同士の会話がスムーズになりますよ。
プリ解析
プリ解析とは、プリント基板のパターン配線”前”に行うシミュレーションのことです。
パターンがまだ配線されていないので、パターンは一般的なマイクロストリップラインに置き換えてシミュレーションします。
「プリ解析」の「プリ」は、「前」と言う意味です。また、「ポスト解析」の「ポスト」は、「後」と言う意味です。
たとえば、FPGAの論理シミュレーションでも、ロジックセルの配置配線”前”を「プリ(Pre)」と呼んで、配置配線”後”を「ポスト(Post)」と言うのは、基板のシミュレーションでも同じですね。
ポスト解析
ポスト解析とは、プリント基板のパターン配線”後”に行うシミュレーションのことです。
部品同士がパターンで100%完全につながった状態で行う最終チェックです。
SI
SIは、「Signal Integrity」の略で、「シグナル・インテグリティ」と読みます。日本語に訳すと「波形の品質」という意味です。
SI解析とは、「信号波形が部品の定格内やスレッショルド電圧を満たしているかを検証すること」です。
PI
PIは、「Power Integrity」の略で、「パワー・インテグリティ」と読みます。日本語に訳すと「電源の品質」という意味です。
PI解析とは、「負荷デバイスへ電源を安定供給できるかを検証すること」です。
EMI
EMIは、「Electro Magnetic Interference」の略で、「イーエムアイ」と読みます。
日本語に訳すと、「電磁妨害」という意味です。かんたんに言うと、「基板から出るノイズ」のことです。
(逆に、基板が外から受けるノイズのことを、「EMS(Electromagnetic Susceptibility)、または、イミュニティ」と言います。)
EMI解析とは、「基板から出ているノイズが基準値内に収まっているかを検証すること」です。
熱解析(Thermal Analysis)
プリント基板や部品の発熱を検証する「熱解析」。これは日本語のままですね。
特性インピーダンス
配線パターンの単位長さ当たりのインピーダンス。
特性インピーダンスの理論式は、Zo[Ω] = √(L/C) 。周波数によらず、値は一定です。
L:パターンのインダクタンス[H/m]、C:パターンの容量[F/m]。
まとめ:「プリント基板のシミュレーション」でできること
この記事では、回路設計エンジニアの方向けに、「プリント基板のシミュレーション」でできること、メリット・デメリット、基板設計会社へのシミュレーションの依頼方法などを説明しました。
特にギガビットの高速信号が通るプリント基板や、大電流&低電圧電源の基板を作る場合は、「プリント基板のシミュレーション」をすると、実機での評価がラクになるのでオススメです。
ところで、この記事では「プリント基板のシミュレーション」を紹介しましたが、回路設計するときに「回路シミュレーション」を活用していますか?
もしまだなら、「回路シミュレーション」も試してみることをおすすめします。実機でのトラブルが減って評価がラクになります。
というのも、基板を作る前に、回路シミュレーションで回路自体の問題ヵ所を見つけてつぶせるからです。
たとえば、抵抗定数の合わせ込みなど、基板をおこす前にパソコン上で確認して決定できるので完成度の高い基板を作ることができます。
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